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エストニア

電子国家「e-Estonia」として知られるエストニアでは、行政・企業・個人のすべてがデジタルを前提に動いています。

パンデミックをきっかけにリモートワークが広がり、現在は在宅と出社を組み合わせる「ハイブリッド勤務」が主流です。

本記事では、データで見る実像、制度・社会インフラ、企業事例をたどりながら、柔軟な働き方を支える要素をやさしく解説し、日本企業が明日から取り入れられるヒントを整理します。

デジタル国家が生んだ柔軟な働き方――背景と現状


パンデミックをきっかけに世界各国でリモートワークが広がりましたが、エストニアではその定着スピードと浸透度が群を抜いています。

行政も企業もデジタル化を前提に動くこの国では、働く場所の自由が自然に受け入れられました。まずは、その背景と現状を見てみましょう。

エストニアの位置づけとIT国家戦略

エストニアは人口約130万人の小国ですが、行政のオンライン化を早くから進めてきました。

独立回復後の1990年代に教育と行政のIT化を一体で推し進める国家プロジェクト(タイガー・リープ)を掲げ、学校と役所の双方にデジタル基盤を整備したことが出発点です。(※1)

いまでは国民一人ひとりが使える電子ID(eID)を持ち、オンラインで本人確認や電子署名が当たり前にできるようになりました。(※2)

会社の登記や税の申告なども数クリックで完了し、ビジネスのスピード感を損なわない仕組みが社会全体に根づいています。(※3)

こうしたデジタル基盤の上で、エストニアはSkypeをはじめ、WiseやBoltなど複数のITユニコーンを生み出した「スタートアップ国家」でもあります。

行政・教育のIT化で育まれた高い技術リテラシーと起業文化が、リモートワークを自然に受け入れる社会的土壌を作ってきました。

在宅勤務率の推移と特徴

パンデミック期に在宅勤務は一気に広がり、その後は急激に戻ることなく高止まりしています。

直近のEU統計では、エストニアの労働者のうち在宅で働く人がおおむね3割弱(約28%)で、内訳は「通常自宅で働く」人が約12%、「時々自宅で働く」人が約16%という構成です。(※4)

完全在宅の人は一部にとどまり、週数日の在宅と出社を組み合わせるハイブリッド勤務が多数派になりました。

IT関連職や専門職で利用が進み、地方の製造業などでは相対的に低めという差はありますが、首都タリンを中心に「必要に応じて在宅を選ぶ」働き方が広く定着しています。(※5)

高リテラシー社会が支える自然なリモートワーク

国全体でITを使いこなす土壌があることも見逃せません。

学校では早い段階からデジタル学習が行われ、行政手続は電子署名で完結します。

住民にとって「オンラインで済ませる」ことが日常になっているため、仕事でも同じ発想が素直に持ち込まれます。(※6)

結果として、資料の共有や決裁、顧客との契約など、リモート環境でも支障なく進められる工程が多く、ハイブリッド勤務のしやすさにつながっています。

※1 出典:education estonia
※2 出典 : e-Estonia
※3 出典:REPUBLIC OF ESTONIA E-RESIDENCY
※4 出典:Labour Market Information: Estonia
※5 出典:SPRINGER NATURE Link
※6 出典:education estonia

法制度で支える安心感――テレワークを可能にするガバナンス


こうした柔軟な働き方を支えているのが、明確で実務的な法制度です。エストニアでは特別な「テレワーク法」は設けず、既存の労働法を更新することで安全性と公平性を確保しています。

どのように制度面から働く人を守っているのかを整理します。

労働安全衛生法の改正(2022年)
エストニアにはテレワークに特化した法律はありませんが、労働安全衛生法の改正によって在宅勤務時の安全管理が明確になりました。

企業には在宅勤務を認める前のリスクアセスメントの実施と、姿勢や機器の扱い、電気・火災などに関する安全衛生教育の提供が求められます。(※7)

自宅のワークスペースの状況は、従業員からの申告や写真等で確認し、必要な対策を合意して進めます。(※8)

労災と費用負担のルール化
在宅中の業務に起因する事故は労災の調査・認定の対象になります。一方で家事中のけがなど業務と関係のない事象は対象外とされています。(※9)

機器や通信費用については労使の合意で負担方法を定めるのが基本で、企業が在宅勤務手当を支給したり、必要な備品を貸与したりする運用が広がっています。

税務上の扱いに配慮しながら、実費精算や定額手当のいずれかを選ぶ形が一般的です。(※10)

柔軟な働き方申請制度の導入
EUワークライフバランス指令を踏まえた法改正により、育児や介護など家庭の事情をもつ労働者が柔軟な勤務(在宅・時短など)を申し出る権利が整備されました。

使用者は原則として速やかな回答(14営業日以内)が求められ、難しい場合は理由を示します。(※11)

最終的な判断は合意に基づきますが、まずは話し合うというプロセスが法律上の前提になったことで、現場での運用が進みやすくなりました。

※7 出典:RASK.
※8 出典:RASK.
※9 出典:Occupational Health and Safety Act
※10 出典:RASK.
※11 出典:Employment Contracts Act1


エストニア

電子政府が変えた日常業務――「オフィスに行かなくて済む」社会基盤


制度が整っても、実際の手続きや業務が煩雑だとリモートワークは続きません。エストニアでは、国全体の電子化がそれを支える土台になっています。

ここでは、行政と民間をつなぐデジタルインフラがどのように働き方を変えているのかを見ていきます。

eIDとX-Roadが支える電子国家
エストニアの電子国家を支える中心がeID(電子ID)と、官民のデータベースを安全に連携するX-Roadです。(※12)

個人はeIDやモバイルIDで安全に本人確認し、電子署名は紙の署名と同等の法的効力を持ちます。(※13)

社内の決裁や取引先との契約もオンラインで完了できるため、担当者が場所を選ばず手続きを進められます。(※14)

99%の行政手続がオンラインで完結
法人登記、税申告、各種給付の申請といった手続はオンラインが前提で、窓口に行かなくても滞りません。

パンデミック時も行政・教育サービスを継続できたことは、デジタル化の信頼感を社会に広げました。

「役所に出向くために出社する」といった理由が消えることで、在宅勤務の障壁が大きく下がります。(※15)

e-Residencyが創る「越境リモートビジネス」
国内の住民だけでなく、国外在住者も政府発行のデジタルIDを取得し、エストニア法人の設立や運営をオンラインで行えるのがe-Residencyです。(※16)

すでに多数の登録者と設立企業があり、遠隔での会社運営が現実の選択肢になっています。

働く個人も、雇う企業も、物理的な場所に縛られないという発想を具体的な制度で支えている点がエストニアの大きな特徴です。

※12 出典:Employment Contracts Act1
※13 出典:e-Estonia
※14 出典:e-Estonia
※15 出典:WORLD ECONOMIC FORUM
※16 出典:Labour Market Information: Estonia

企業事例からみるリモートとハイブリッドの最適点


社会全体の仕組みに加え、実際に企業がどのように制度を運用しているかも重要です。

ここでは、完全リモートから週数日のハイブリッド、越境雇用まで、エストニアの代表的な3社の取り組みを具体的に紹介します。

Toggl――リモートファーストの象徴
勤怠・タイムトラッキングのTogglは、創業期から完全分散型の働き方を掲げてきた企業です。メンバーは世界各地に点在し、採用でも居住地を問いません。

重要なのは、単に「どこでも働ける」ではなく、非同期コミュニケーションと成果重視の運用を徹底していることです。

意思決定の根拠は文書で共有し、会議は必要最小限。年に一度程度、全員が集まるミートアップで関係性を強め、ふだんはドキュメントとツールで仕事を進めます。(※17)

場所の自由と、生産性・品質の維持を両立させる型を実装している好例です。

Bolt――急成長企業の週3日出社モデル
ライドシェアやフードデリバリーで急成長するBoltは、2024年から月12日(週3日程度)の出社を基本とするハイブリッド体制を明確化しました。

背景には、急拡大フェーズでの育成やスピード、文化の維持があります。

全員フルリモートでは育ちにくい偶発的な学びや、その場での意思疎通を担保しつつ、残りの日は在宅で集中する――そんなバランス重視の設計です。

運用は職種やチームの事情に合わせて柔軟で、研究開発・営業・コーポレートなど機能別に最適な出社頻度を対話で決めるやり方が取られています。(※18)

ハイブリッドは「画一の正解」ではなく、合意を通じて最適点を探るプロセスだということを示す事例です。

Veriff――グローバルB2B企業のクロスボーダー雇用
オンライン本人確認(eKYC)のVeriffは、欧米を含む複数拠点に加え、リモート前提のポジションも用意しています。

採用は多国籍で、居住地にこだわらず優秀な人材を迎え入れる方針です。越境雇用では、就労国での税・社会保険、情報セキュリティ、端末管理などコンプライアンス運用の整備が欠かせません。(※19)

同社のように制度と運用を両輪で整えれば、「どこからでも働ける」ことが企業の競争力に直結します。

人材確保が課題の日本企業にとっても、EOR(雇用代行)や専門ベンダーの活用と組み合わせれば、中小企業でも現実的に取り組める選択肢になります。

※17 出典:toggl
※18 出典:ERR.ee
※19 出典:veriff


エストニア

ハイブリッド定着を支える文化と技術


企業の制度がうまく機能するのは、技術だけでなく文化の支えがあるからです。

信頼を前提にした働き方と、全国に行き渡ったIT環境がどう結びついているのか。その両輪を見ていきましょう。

全国規模の通信・ITインフラ
公共の無料Wi-Fiや広範なブロードバンドが整い、地方でもオンライン会議やクラウド利用が安定して行えます。(※20)

実際、エストニアの95%の世帯はブロードバンドに接続可能で、無料のWi-Fiスポットがほぼ至る所に設置されています。

通勤や移動に左右されず、「いつでもつながる」が当たり前になっていることが在宅勤務の前提を支えます。

DX浸透による業務効率化
エストニアでは、電子署名、オンライン会計、クラウドのグループウェアなどが中小企業にも普及しています。

紙書類や押印に依存しないため、稟議や契約のためだけに出社する必然性が薄く、出社日は協働や学習など「対面で価値が高い活動」に充てやすくなります。(※21)

信頼と成果を軸にした文化
エストニアの企業では、時間よりも成果を重視する考え方が広がっています。

進捗はドキュメントやダッシュボードで可視化、定期的な1on1で不安や課題を早めに拾います。マイクロマネジメントではなく「任せて支える」姿勢が前提です。

例えばTogglは週次の「キッチントーク」(オンライン全社会)で部署横断の近況共有や雑談の時間を設計し、非同期だけでは生まれにくい一体感と心理的安全性を補っています。

各チームの週次ビデオ会議や1on1も組み合わせ、信頼×見える化×つながりでハイブリッド下の生産性とエンゲージメントを両立させています。(※22)

※20 出典:SMART COUNTRY CONVENTION
※21 出典:WORLD ECONOMIC FORUM
※22 出典:WE WORK REMOTELY

まとめ――日本企業への示唆


エストニアの事例が日本企業に示すのは、リモートワークの定着が単なるツールの導入ではなく、「制度」「インフラ」「文化」の三位一体の変革によってこそ実現する、という事実です。

eIDや電子署名を基盤に行政・契約プロセスから「出社」の前提をなくすインフラ。

テレワーク特有のリスク(安全衛生や費用負担)を既存の労働法で明確にカバーする制度。

そして、時間管理ではなく成果を信頼する文化。

日本企業がハイブリッドワークを真の強みに変えるには、まず社内の決裁や契約といった業務プロセスの徹底的なデジタル化が不可欠です。

同時に、従業員が安心して働ける公平なルールを整備し、信頼を基盤とした成果主義のマネジメントへ移行することが、柔軟で生産性の高い働き方を実現する鍵となるでしょう。

【東京都在住】tknd

【東京都在住】tknd

データ分析家兼Webライター。アメリカ・シカゴの大学院に2年間留学・在住経験あり。現在はデータ分析の仕事に携わりつつ、都市の暮らしや働き方に関する記事を執筆。休日はSFやファンタジー小説を片手にカフェで読書を楽しんだり、近所の商店街や公園を歩いて散策したりするのが好きです。

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