
2025年9月26日
ドイツに学ぶリモートワークの未来――制度と文化が支える柔軟な働き方モデル
記事の調査概要
調査方法:海外ライターの執筆/インターネット調査
調査対象:現地の声及び海外記事リサーチ
調査期間:2025年
ドイツに学ぶリモートワークの未来――制度と文化が支える柔軟な働き方モデル
2024年、CEOWORLD誌が発表した「リモートワークに最適な国」ランキングで、ドイツは世界第2位に選ばれました(※1)。欧州有数の経済大国であるドイツは、パンデミックを契機にリモートワークを急速に普及させ、今や労働者の約4人に1人が在宅勤務を活用しています。
※1 出典及び画像引用元:Revealed: Best Countries for Remote Working, 2024|CEOWORLD magazine
背景には、労使合意を前提とした法制度、労働時間を柔軟に調整できる文化、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)と結びついた企業戦略があります。
本記事では統計データと具体事例をもとに、ドイツのリモートワークの実像を解き明かし、日本企業が学ぶべき示唆を探っていきます。
データで見るドイツ――「ハイブリッドワーク」が主流となった実像
ドイツのリモートワークは、パンデミックを契機に一気に広がった後、単なる一時的な現象ではなく、安定的な働き方として定着しました。
ここではまず、ドイツにおけるリモートワークの浸透度や内訳について、最新の統計データを手がかりにその実像を整理していきます。
パンデミックで定着したリモートワーク
新型コロナ以前の2019年、ドイツで在宅勤務を行っていた労働者は約13%にとどまっていました。しかし2020年以降の感染拡大を背景にリモート勤務が急増し、2021年は24.9%、2022年は24.0%、2023年は23.5%と高止まりが続いています(※2)。
直近の動向でも、2024年2月は24.1%、2025年8月は24.4%と、在宅勤務率は約4人に1人の水準で安定推移しており、大きなオフィス回帰は観測されていません(※3)。
また欧州比較では、オランダやスウェーデンといった最上位グループよりは低いですが、2023年のEU平均が22.2%で、ドイツはこれを上回る水準に位置しています(※4)。
※2 出典:Employed persons working from home|Destatis(ドイツ連邦統計庁)
※3 出典:Working from Home Firmly Established in Germany|ifo Institute/
Working from Home Established in Germany for a Quarter of All Employees|ifo Institute
※4 出典:Eurostat Data Browser|Employed persons working from home(code: lfsa_ehomp)
ハイブリッドが主流、フルリモートは少数派
ドイツのリモートワークは「完全リモート」よりもハイブリッド勤務(出社と在宅の併用)が主流です。2023年の内訳を見ると、在宅勤務を行う人のうち「勤務時間の半分以上を在宅」が13.2%、「半分未満」が10.4%という配分で、完全在宅は少数派であることがうかがえます(※5)。
さらに特徴的なのは安定定着です。2022年以降、在宅勤務率は24%前後で一貫しており、短期的なオフィス回帰の波は確認されていません(※3)。国際比較の視点では、週あたり平均在宅日数が1.6日と、世界平均(1.2日)を上回る「ほどよい頻度のハイブリッド」が常態化しています(※6)。
※5 出典:Employed persons working from home|Destatis(ドイツ連邦統計庁)
※6 出典:Germans Work From Home More Than Employees in Other Countries|ifo Institute(2025年5月2日)

合意を重んじる法制度――柔軟性と安全性を保障する仕組み
ドイツのリモートワークを語る上で欠かせないのが「法制度」です。
労使の合意や共同決定を通じてリモートワークの運用が支えられているほか、労働安全衛生やワークライフバランスといった観点でも多様な働き方に対応できる制度が整備されています。
ここでは、ドイツがどのようにして「合意」を起点に柔軟かつ安全なリモートワーク環境を築いているのかを見ていきます。
リモートワーク法案と労使協議の仕組み
ドイツでは、現時点で包括的な「在宅勤務の権利」は法定されていません。政府は過去にMobile Work Act(モバイルワーク法案)で年24日の在宅・モバイル勤務の権利や、少なくとも従業員の希望に対する協議義務(理由を付して回答する)を検討しましたが、最終的な全面的権利化には至っていません(※7)。
一方で制度運用の実務では、労使合意(就業規則・労使協定・ワークスアグリーメント)が中核となっています。特に事業所協議会(Betriebsrat)を持つ企業では、リモートワークの「導入そのもの」は使用者裁量であっても、運用の具体(適用範囲・頻度・出社日や在席性・機器・安全面など「どう運用するか」)は協議・共同決定の対象です(※8)。
コロナ禍の在宅義務化(当時の特別な安全衛生政令)を経ても、通常時の枠組みは「労使の対話と合意」が出発点というドイツ的特徴は変わっていません(※9)。
※7 出典:Draft Law on Remote Work|McDermott Will & Emery
Mobile Working in Germany – New Draft Bill|Orrick
※8 出典: Works Constitution Act(BetrVG)|Gesetze im Internet
※9 出典:End of remote working?|DLA Piper
German Act to modernise works councils(Betriebsrätemodernisierungsgesetz)|Bird & Bird
労働者保護と安全衛生
リモートワークでも労働安全衛生法(ArbSchG)が適用され、企業はリスクアセスメントや従業員への安全衛生教育などの義務を負います(※10)。
さらに、作業場条例(ArbStättV)が定義する「テレワーク(Telework)」として自宅の恒久的作業場所を会社が設置・装備する取り決めを行った場合は、机・椅子・機器等の設置・提供責任が生じます(※11)。
加えて、在宅中の業務関連事故については法定労災保険の適用が認められます。実際に、最高裁に相当する連邦社会裁判所は寝室からホームオフィスへ向かう階段での転倒も、「通勤経路」として補償対象になるとの判断を示しています(※12)。
制度の骨格は、場所が自宅でも「安全衛生と補償」を実効化することに重心が置かれているのです。
※10 出典: Act on Occupational Safety and Health(ArbSchG)|Gesetze im Internet(英訳)
※11 出典: Workplace Ordinance(ArbStättV)|Gesetze im Internet
※12 出典:CMS Expert Guide to Remote Working – Germany
German Federal Social Court ruling on home-office accident|Ogletree Deakins
ワークライフバランス関連制度
制度面では、EUのワークライフバランス指令(2019/1158)により、育児・介護に関わる労働者が柔軟な働き方(在宅・時短・時差)を申請できる権利が位置づけられ、各国で運用整備が進みました。
ドイツではこれに加え、最長3年の育児休業(Elternzeit)が親それぞれに認められ、ペアレントアルアワンス(Elterngeld:育休中の所得補償手当)等の支援と併せて柔軟な選択を後押ししています。実際の働き方としてもパートタイム比率は約3割に達し(2023年、30.2%)、ライフステージに応じた時間の柔軟性が広く利用されています(※13)。
なお「勤務時間外の連絡遮断権」はドイツで国家レベルの法律化は未了ですが、フォルクスワーゲン(メールサーバの時間外停止)やダイムラー(休暇中メール自動削除)など、企業主導での運用が進んでいます(※14)。
※13 出典:irective (EU) 2019/1158 – Work-life balance for parents and carers|EUR-Lex
Financial support for families|Make it in Germany(独政府ポータル)
In 2023, 30.2% employed in part-time|Destatis(Part-time share)
※14 出典:Volkswagen silences work e-mail after hours|The Washington Post
Daimler… ‘Mail on Holiday’ auto-delete program|TIME
【ケーススタディ】ドイツ企業のDXとハイブリッド戦略
合意を前提とする法制度のもとで、実装の最前線に立つのは企業です。各社は制度設計とデジタル投資を組み合わせ、場所に縛られない働き方を仕組み化してきました。
ここでは、ドイツを代表する企業であるシーメンスとSAP、そして保険大手アリアンツのアプローチを簡潔にたどります。
シーメンス――成果重視に舵を切ったリモートワーク制度
シーメンスは2020年にリモート勤務(会社外での就労)を恒久化し、職務上可能な社員は平均して週2〜3日は会社外で働くモデルを世界標準としました。
狙いは在席や場所の管理から成果に基づくリーダーシップへの転換であり、職務や現場の実情に合わせて運用設計を行うことです。
オフィスでの対面協働は創造性や関係構築のために位置づけ直しつつ、クラウドやコラボレーション基盤の整備を前提に「どこでも仕事が進む」状態を当たり前にしました(※15)。
※15 出典:Siemens to establish mobile working as core component of the “new normal”|Siemens Press
SAP――社員の声から生まれた“Pledge to Flex”
SAPは2021年、社内調査で94%が一層の柔軟勤務を希望した結果を受け、「100%フレキシブルで信頼ベース」の方針を正式化しました。
働く場所(在宅・オフィス・リモート)も時間も柔軟とし、オフィスは協働・創造・集中のための場へ再設計。チーム単位の合意を通じて最適な働き方を選ぶ枠組みを整え、ハイブリッド前提の生産性とエンゲージメント向上を同時に追求しています(※16)。
※16 出典:
Software group SAP adopts flexible working, by popular demand|Reuters(2021年6月1日)
Pledge to Flex: The Future of Work at SAP Is 100% Flexible and Trust Based|SAP News Center
アリアンツ――グローバル標準×越境リモートの実装
アリアンツはグループ全体でハイブリッドを新常態とし、最低40%のモバイルワーク(オフィス外勤務)をグローバル標準に掲げるとともに、年間25日までの国外からのリモート勤務を認めています。
あわせて、デジタル基盤の強化(仮想クライアント/コラボレーションツール)とハイブリッド会議に最適化したオフィスの再設計を進め、制度と環境の両輪で柔軟性を担保しているのが特徴です。
加えて、グループの信用保険事業であるAllianz Tradeでは、月最大10日までのリモートと年間25日の越境リモートという運用を明示し、職場と生活の両立を後押ししています(※17)。
※17 出典:The Allianz Ways of Working: Shaping the future of work|Allianz
Remote work need not stop at the border|Allianz
Our promise to make Allianz Trade a Great Place to Work|Allianz Trade

日本のリモートワーク展望と今後への示唆
ドイツにおけるリモートワークについてデータ、制度、企業事例をたどると、定着のカギは制度(ルール)・文化(合意)・DX(道具)のかみ合わせにあるといえるでしょう。
どれか一つを単独で取り組むのではなく、相互に補い合う前提で設計する――その考え方を土台に、日本の現場での示唆を整理します。
ドイツモデルの本質――「制度+文化+DX」の三位一体
ドイツのアプローチは、リモートワークを一律の「権利」として固定化するよりも、労使協議やチーム合意で運用を磨き込むことに重心があります。
安全衛生やワークライフバランスといった制度が土台を支え、現場では成果に基づくマネジメントへ軸足を移し、オフィスは協働のための場として再定義される。そこに、コラボレーション基盤や端末・ID管理などのデジタル環境が重なることで、場所に依存しない生産性が担保されます。
つまり、ルールが対話を促し、文化が運用を支え、DXが実装を可能にする構造が、安定した定着を生んでいる――これがドイツモデルの要点です。
日本企業が学べる3つの視点
視点① 合意形成を「仕組み」にする。
全社一律の細則を積み上げるより、原則を示したうえで現場の裁量を残す発想が有効に働く場面があります。
たとえば、職務特性に応じたリモート可否の基準や、出社の「目的」が生じる条件をチーム単位で合意し、一定周期で見直す運用は、納得感や公平性の確保に寄与しやすいでしょう。
視点② オフィスを「協働のハブ」に再定義する。
個人作業はどこでもできる前提に立ち、出社の価値を創発・深い議論・関係形成に置き直す考え方も重要です。
たとえばハイブリッド会議での音声・視界・進行の公平性を担保する設備・手順をそろえたり、集中・コラボ・カジュアルのゾーニングを工夫したりする取り組みは、その方向性に沿った具体例になり得ます。
視点③ リモートワークをDXと人材戦略に結びつける。
リモートワークを起点としてDXや人材戦略を検討していく視点も求められます。
デジタル・ワークプレースの統合(ID/端末/承認フローなど)や、活動量ではなく成果を評価軸に据える設計、遠隔下でのマネジャー支援(目標設定やフィードバックの型の共有)などは、検討に値する選択肢といえるでしょう。
採用・育成では、地理的制約を外した人材獲得とオンボーディングをどう設計するかが、競争力に直結します。
持続可能な成長のために
柔軟な働き方は福利厚生ではなく、人と事業の両輪を強くする経営デザインです。
重要なのは、短期の効率や話題性に流されず、自社のミッションと人材戦略に整合する“最適な柔軟性”を設計すること。合意を土台に、オフィスの役割とDXの方向性を整え、学びながらアップデートする循環を保つ――その積み重ねが、採用力・エンゲージメント・生産性という成果へとつながっていきます。
日本の文脈に合った答えは一つではありません。だからこそ、原則はシンプルに、運用は現場とともに。その姿勢が、未来の強く、しなやかな働き方につながります。
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