
2025年7月8日
ニューヨークのオフィス賃貸事情から見る日本のリモートワークの未来
記事の調査概要
調査方法:海外ライターの執筆/インターネット調査
調査対象:現地の声及び海外記事リサーチ
調査期間:2025年
世界のビジネスをリードする都市、ニューヨークで今、働き方とオフィスのあり方が大きく変わっています。パンデミックを機にリモートワークが普及し、マンハッタンのオフィス需要は激変しました。しかしそれは、単なる需要減ではなく、より本質的な「質的転換」の始まりでした。
本記事では、ニューヨークのオフィス市場に関する最新データを読み解き、現地で起きているリアルな変化を追います。その動向を日本の状況と照らし合わせながら、これからの日本企業が描くべきリモートワークの展望と、その先にある地方創生の可能性について考えていきます。
パンデミックがもたらしたニューヨークのオフィス市場の激変
空室率・賃料の急上昇とその背景
2020年春、パンデミックはニューヨークのオフィス市場を直撃しました。Avision Young社のレポートによれば、マンハッタンのオフィス空室率は2019年までは15%を下回っていましたが、2020年第2四半期以降急上昇し、2024年第1四半期に19.7%に達しています 。
また、賃料も下落圧力にさらされました。マンハッタンの平均オフィス募金賃料(表面賃料)は2020年以降緩やかに低下し、2024年半ば時点でパンデミック前(2020年3月)比約6.6%の下落となっています 。表面的な賃料の下げ幅は緩やかですが、実際には「フリーレント(賃料免除期間)」や「テナント改善費用(内装費補助)」といったインセンティブが増額され、実質賃料は大きく下がっていました 。
2025年第1四半期には空室率が約17.3%まで改善するなど 、市場が底を打ち、新たな均衡点を探り始めた兆しもあります。それでもパンデミック前より高い水準の空室率という事実は、リモートワークがオフィス需要の構造を恒久的に変えつつある可能性を示唆しています。
マンハッタンのオフィスのサブリース供給急増と今後の動き
リモートワーク定着を象徴するのが「サブリース(又貸し)」市場の急拡大です。ハイブリッドワーク導入などで生まれたオフィスの余剰スペースを、他社に貸し出す動きが加速しました。
Colliers社のレポートによれば、マンハッタンのサブリース面積は2023年第1四半期に2,200万平方フィートを超え、過去最大を記録 。多くの企業がオフィス戦略の根本的な見直しを迫られたことがわかります。
ただし、このサブリース供給も2024年に入ってからは約1,900万平方フィート台まで減少し、増加一辺倒だった流れに変化が見られます 。企業の働き方の方針を映す鏡として、サブリース市場はリモートワークの浸透度を測る重要な指標となっています。
リモートワーク定着とオフィス需要の質的転換
「フライト・トゥ・クオリティ」現象の台頭
現在のニューヨークのオフィス市場で最も注目すべきは「フライト・トゥ・クオリティ(質への逃避)」です。これは、テナント企業が古く凡庸なビルから、最新鋭の設備や優れた立地を備えた高品質なビルへと移転・集約する動きを指します。
リモートワークが普及し、毎日出社する必要がなくなったからこそ、「わざわざ出社するなら、快適で生産性の高い環境で働きたい」というニーズが高まっているのです。その結果、オフィス需要は「質」を軸に二極化が進んでいます。
Avison Young社の2025年第1四半期レポートでは、新規賃貸契約の61.6%が「トロフィー物件」と呼ばれる最高グレードのビルに集中し、過去最高のシェアを記録しました。一方で、中位グレード(Class B/C)のビルはテナント離れが深刻化しています 。これからのオフィスは、ただ場所を提供するだけでは生き残れない時代に突入したのかもしれません。
アメリカ:業種ごとの需要差と多様化
オフィスに対するニーズは、業種によっても明確な違いを見せています。
金融業界や法律事務所など、対面での信頼やコミュニケーションを重視する業種は、パンデミック後も比較的早期から出社回帰を進め、高品質なオフィスへの需要を牽引しています。2024年には、法律事務所Ropes & Grayが39万平方フィートの大型リース契約を結んだほか、資産運用会社TPGや金融情報サービスのBloombergがミッドタウンのビルに相次いで新規賃借を決定しました。
実際、2025年第1四半期の新規リース成約面積の約半分は、銀行・金融・保険・不動産業界が占めています 。これらの業種にとって、質の高いオフィスは人材獲得や企業イメージ向上のための戦略的な投資であり続けています。
一方、テック系やメディア系の企業ではリモートワークやハイブリッドワークが標準化し、オフィス面積の大幅縮小が進みました。例えばTwitter(現X社)はニューヨーク拠点の大半をサブリースに出す決定をし 、Meta(Facebook)もグローバルで30億ドル近いコストをかけてオフィス縮小を進めています 。
こうしたIT系大手は、かつてNY市場を牽引してきましたが、2022年以降はレイオフとリモートワークの拡大で“余剰スペースの放出者”へと変化しています。このように、画一的な正解がない時代を迎え、各社は自社の戦略や人材像に合わせて、オフィスのあり方を再定義しています。
オフィス利用・出社率の回復とリモートワークの「共存」トレンド
出社率の実態と“ハイブリッド主流化”
「ニューヨークでは出社回帰が進んでいる」という報道もありますが、データが示す現実は少し異なります。
Partnership for New York Cityの2025年3月の調査によると、マンハッタンの平日の平均出社率は57%まで回復しました。しかし、その内実を見ると、フルタイム出社はわずか10%。逆に、64%の従業員が、フルリモート又は週2日以上リモートワークと出社を組み合わせるハイブリッドワークを実践しています。
つまり、ニューヨークで起きているのは「リモートワークの否定」ではなく、リモートとオフィスを使い分ける「ハイブリッドワークの主流化」です。両方の利点を活かす働き方が「ニューノーマル」として社会に根付きつつあるといえます。
柔軟な働き方を支持する理由
多くの企業がハイブリッドワークを支持するのは、経営戦略上の判断です。第一に、優秀な人材ほど柔軟な働き方を求めるため、採用競争力の維持に不可欠だからです。第二に、勤務地に縛られない働き方は、育児や介護中の社員、地方在住者など多様な人材の確保につながります。
柔軟性はもはや単なる福利厚生ではなく、組織の力を最大化するための戦略なのです。
都市部オフィスの新たな役割と先端企業の工夫
オフィスは“交流・創造”のための場へ
ハイブリッドワークが主流となり、オフィスの役割は「仕事をする」場所から、「集い、つながる」場所へとシフトしています。一人で完結できる作業は自宅で行い、オフィスはチームでの協業や偶発的なアイデアを生むための「ハブ」として再定義されています。
例えば、Dropboxは日常業務をリモート基本とする一方、コラボレーションスペース「Dropbox Studios」を設置し、チームビルディングやイノベーション創出の場として戦略的に活用しています 。また、完全リモート企業のGitLabも、オンラインイベントなどを通じて、物理的に離れていても組織の一体感を育んでいます 。
リモート×リアルのハイブリッドな組織運営
これらの先進企業に共通するのは、リモートとリアルを組み合わせた巧みな組織運営です。その成功の鍵は、「情報の透明化」と「非同期コミュニケーション」の徹底にあります。業務プロセスや意思決定をドキュメント化し、誰もがアクセスできるようにすることで、場所や時間に関係なく自律的に動ける環境を整えています。
こうした基盤があるからこそ、貴重な対面の機会を、単なる進捗確認ではなく「チームビルディング」や「文化醸成」といった、より付加価値の高い活動に集中させることができるのです。
参考――日本(首都圏)のオフィス需要とハイブリッドワークの現状
東京23区のオフィス需要と空室率
さて、視点を日本に移しましょう。ザイマックス総研の2025年5月のレポートによると、東京23区のオフィス空室率は2.20%と、世界的に見ても極めて低い水準です 。新築ビル中心の供給も継続しており、2025年の東京23区における新規供給量は約17.2万坪(約56.8万㎡)と、市場には大量の新築スペースが投入されています。
一方、大規模ビルの竣工後の内定率は8割超と高く、2025年・2026年竣工予定分でも6〜7割と高水準が続く見込みで、需要が供給を上回る傾向が明確です 。
これらのデータは、依然として新築・高グレード物件に対する需要が強いことを裏付けるもので、『質を選ぶ市場構造』が現実のものとして存在しているといえます。
テレワーク・ハイブリッドワークの現状
働き方も独自のペースで変化しています。東京都の2025年3月の調査では、首都圏企業のテレワーク導入率は58.0% 。ザイマックス総研の調査(2024年春)でも、完全出社のみの企業は2〜3割に留まり、ハイブリッドワークが着実に浸透していることがわかります。
日本でも「オフィス一辺倒」の時代が終わり、柔軟な働き方が新たなスタンダードになりつつあることを示唆しています。
日本のリモートワーク展望と今後への示唆
ニューヨークの事例は、これからの働き方を考える上で多くのヒントを与えてくれます。
まず、リモートワークやハイブリッドワークが普及する中で、オフィスの役割そのものを見直す視点が重要です。NYの動向が示すのは、オフィス需要と柔軟な働き方は対立するものではなく、共存可能だという事実。鍵となるのは、オフィスを単なる「作業場所」から、チームの一体感を醸成し、新たなアイデアを生み出すための「戦略的な交流拠点」へと進化させることです。
そして、こうした柔軟な働き方を成功させるには、制度の導入だけでなく、成果に基づいた評価への移行や、非同期を前提としたコミュニケーション文化の醸成など、組織運営そのもののアップデートが不可欠となるでしょう。
さらに、リモートワークは企業の拠点戦略や人材戦略にも新たな広がりをもたらします。都市部の本社機能に固執せず、地方にサテライトオフィスを設けるといった「分散型」の拠点戦略は、これまでアクセスできなかった多様な人材にアプローチするための有効な選択肢です。従業員が暮らしの豊かさを求めて地方へ移住し、仕事を続ける「転職なき移住」は、個人のウェルビーイングと企業の持続的成長、ひいては日本の各地域が抱える課題解決にもつながる可能性を秘めています。
ニューヨークで起きている変化は、働き方の未来を考える上での貴重なケーススタディです。オフィスを「コスト」ではなく、人材と組織の可能性を引き出す「投資」と捉え、自社にとって最適な働き方をデザインしていくこと。その探求こそが、これからの企業の競争力を育む鍵となるのではないでしょうか。
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