
2025年7月8日
リモートワークの広がりと北欧企業の取り組み最前線【スウェーデンで働くライターから報告】
記事の調査概要
調査方法:海外在住ライターの執筆/インターネット調査
調査対象:現地の声及び海外記事リサーチ
調査期間:2025年
コロナ禍を経て世界中で急速に普及したリモートワークは、2025年現在、筆者の住む北欧・スウェーデンでは一般的な働き方として定着しました。在宅勤務を中心に、それぞれのライフスタイルや仕事の状況に合わせて柔軟に働く場所が選択できるようになった結果、企業の人材採用や人事管理の在り方に変革が起こりました。
本記事では、リモートワークが当たり前となったスウェーデン社会で、企業がどのように組織や働き方を再構築しているのか、その最前線を探ります。
ハイブリッド勤務の拡大
スウェーデン統計局が2025年3月に発表した「労働力調査」によると、2024年にはスウェーデン国内の20〜64歳の被雇用者の約46%が、勤務時間の一部もしくは全てにおいて在宅勤務を行っていました。
これは、2008年から約26ポイントの増加です。中でも最も増えたのが、1週間の勤務日のうち半分以上で在宅勤務をしている人で、その割合はパンデミック以前(2019年)の6%から、2024年には13%と大きく増加しました。
さらに、ヨーロッパ全体でも、リモートワークが可能な職務に就く人の間では、在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッド勤務を行なっている割合が44%と、職場のみでの勤務(41%)よりも多く、2024年時点で最も一般的な働き方となっていることが欧州連合の研究機関・Eurofoundの調査で明らかになりました。
「選ばれる企業」になるための、働き方の柔軟性
こうした状況を受けて、近年、スウェーデンはもちろん、ヨーロッパ各地の人材市場でも「働き方の柔軟性=企業の採用競争力」になっているとの見方があります。例えば、HRサービスプロバイダーのSD Worxがイギリスとヨーロッパ全体で行った調査によると、47%の労働者が勤務時間や柔軟な働き方を職場選びの重要な要因として挙げています。
さらに採用だけでなく、人材定着率も企業の競争力を高める大切な要素です。スウェーデンのイェヴレ大学でリモートワークと生産性向上の関連を分析した結果、リモートワークを自発的に選択できることが、従業員の生産性の向上、さらには組織への定着意欲にポジティブな影響を与えることが明らかになりました。
これを受けて、同大学のグンナー・ベリィストレーム教授は「リモートワークを選択できる機会は、実際にリモートワークを行うことと同じくらい従業員の定着意欲にとって重要」と述べています 。
これらのことから、リモートワークなど柔軟性の高い働き方をサポートする企業は「選ばれる企業」となりやすい一方で、それを一律で否定する企業は、優秀な人材を惹きつけられない、採用に時間とコストがかかる、離職率が上がるなどといった課題に直面する可能性があるといえるでしょう。
北欧企業の取り組み
それでは実際に、リモートワークなどの柔軟な働き方を積極的に取り入れている北欧企業の事例を見てみましょう。
Spotify
スウェーデンの首都・ストックホルムに本社を構えるSpotifyは、従業員が最も生産的に働ける場所を自分たちで選択できるようにするため、2021年に「Work From Anywhere(WFA)」ポリシーを導入しました。
これにより、従業員がフルタイムの在宅勤務、オフィス勤務、またはそれらを組み合わせたハイブリッド勤務の中から、自分に最も合った働き方を柔軟に選べるようになり、従業員それぞれのライフスタイルを尊重した働き方が可能になりました。
ただし、法的及び税務上の制約から、従業員が勤務できるのはSpotifyが現地法人を有する国に限られ、その国に居住していることが条件となります。
また、WFAポリシー導入とともに給与体系も見直され、従来の都市別の給与バンドではなく、国別の給与バンドが適用されるようになりました。都市ごとに給与バンドが決まっていると、働く場所を変える度に給与調整が必要になるため、例えば給与ダウンを避けるために地方移住を諦める人が出てくるかもしれません。それを国単位にすることで、同じ国のどこに住んでも給与の大幅な変動がなくなり、従業員はさらに柔軟に働く場所を選びやすくなりました。
これらの取り組みの成果として、従業員の離職率の大幅な低下(導入後1年半が経った2022年には離職率15%減、2024年には導入前と比較して50%減が報告されています)、また、人材プールの拡大による採用にかかる時間(Time to Hire)の短縮やダイバーシティ&インクルージョンの向上などが公表されています。
Klarna
スウェーデン発フィンテック企業のKlarnaは、週2日のオフィス勤務と週3日のリモート勤務を組み合わせたハイブリッド勤務モデルを採用しています。リモート勤務を支える取り組みとして、従業員が在宅勤務のために自宅の作業環境を整える費用を負担する金銭的なサポートを充実させています。
また、スウェーデンの他にも、アメリカ、ドイツ、イギリス、オランダなど欧米を中心に複数の国にオフィスを構える同社では、年間で最大20日間まで、雇用されている国以外のオフィスからのリモート勤務を認めるポリシーを2022年に導入しました。これは、100ヵ国以上の国籍を持つ従業員同士の国境を超えたダイナミックな交流や、グローバル規模でのキャリアチャンスの創造を意図した取り組みです。
また、最近では、AIによるカスタマーサポートを補完するカスタマーサービス担当者について、新しい雇用モデルを試験的に導入しています。スウェーデン国内在住であれば、勤務時間や勤務場所を問わないギグワーカー的な働き方が可能で、地方在住の人なども、好きな時間にどこからでも時給400スウェーデンクローナ(日本円でおおよそ6000円)で働くことができます。
Tietoevry
Tietoevryはフィンランドに本社を置く大手ITサービス企業で、スウェーデンを含む北欧諸国で広く事業を展開しています。2021年、Tietoevryは従業員を対象に在宅勤務やオフィス勤務に関する意向調査を実施しました(約8,000人が回答)。
その結果、25%以上の従業員がフルリモート勤務もしくは週に1日未満のオフィス勤務を希望し、65%は少なくとも週に3日はリモート勤務を希望していることが明らかになりました。オフィスに毎日来たいと答えたのは、わずか10%でした。
この結果から、同社はハイブリッドワークモデルを本格的に導入しました。それを受けて、従業員がどこからでも効果的に働けるようなデジタルツールの整備はもちろん、ハイブリッド勤務を前提としたマネージャー向けリーダーシップ研修も取り入れました。これは、マネージャーが、チームの業務を管理・調整する従来の立場から、チームがリモート環境下でも最大限のパフォーマンスを発揮できるように支援する役割が求められるようになっているという流れを反映させたものです。
同社は、こうした取り組みは、採用市場における優秀な人材争奪競争で負けないための重要な要素でもあると捉えています。
リモートワーク運用の課題
このように、リモートワークが企業の採用・人事戦略の重要な一部になる一方で、その運用に際してはいくつかの課題もあります。
ウメオ大学のアンドレアス・ステンリング准教授が主導する、リモートワークや柔軟な働き方が管理職と従業員に与える影響に関する研究プロジェクトの中で、同氏は、リモートワークや柔軟な働き方は「諸刃の剣」であると述べています。
例えば、対面でのコミュニケーションが減少することで従業員がどのようなサポートを必要としているのかを判断することが難しくなり、管理職が従業員の状況を把握しにくくなっているとしています。また、小さな子どもを持つ親にとっては、通勤時間が削減されることで時間的な余裕が生まれる一方で、仕事と家庭生活の境界が曖昧になりストレスを感じたり、仕事と家庭の対立が増加したりする可能性も指摘しています。
さらに、デンマークに本社を置く大手医療サービス企業Falckの関連会社であるFalck Sverigeが行った調査でも、スウェーデン国内の労働者の約3分の1がリスクレベルのストレスを感じており、とりわけ在宅勤務をする人や30歳未満の若い女性の中でその傾向が顕著だということが明らかになりました。特に週の半分以上を自宅から働く人は、オフィス勤務者よりもストレスレベルが高く、リモートワークによる社会的交流の減少や仕事と私生活の境界の曖昧さがストレスの要因となる可能性が指摘されています。
サステナブルな働き方へ
リモートワークなどの柔軟な働き方を、効果的かつ持続可能な形で運用するために、北欧企業では様々な取り組みが検討・導入されています。
例えば、筆者が勤めるスウェーデン企業(製造業・従業員5000人以上)では、マネージャー主導の定期的な1on1ミーティングで、業務上の課題だけでなく部下のメンタルヘルスや生活状況の変化にも配慮することを推奨するというガイドラインを追加しました。また、世界各国で勤務する全ての従業員を対象にオフィス出社日を同時に設けたりして、コミュニケーションの質の向上やチームビルディングの促進を図っています。
さらに、ストレスレベルを含めたメンタルヘルス指標をモニタリングするために、定期的に従業員サーベイを実施している企業もあります。従業員のメンタルヘルスケアに精力的に取り組む企業の一例として、デンマークに本社を置く大手製薬会社のノボ ノルディスクが挙げられます。
同社は「従業員の10%以上がストレスを抱えている状況では会社を運営することはできない」とし、従業員のストレス症状を毎年10%削減することを目標として掲げています。同社が定義するストレス症状とは、「緊張している、不安を感じる、落ち着かない、夜眠れない」といった心と身体の状態を指し、これを年次の従業員サーベイを通じて定量的に測定しています。
まとめ
以上では、スウェーデンを中心にヨーロッパにおけるリモートワーク拡大の現状と、それを受けて加速した北欧企業での働き方の柔軟性を高める取り組みについてご紹介しました。
企業の競争力の根幹は、人材です。優秀な人材が集まり、定着する組織であり続けるために、多様なライフスタイルに合った働き方を実現できる環境づくりをサポートすることが、これからの人事戦略においてますます重要になっていくことでしょう。
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