
2025年7月22日
自由だけじゃ続かない!リモートワークを支える北欧企業の工夫【Fromスウェーデン】
記事の調査概要
調査方法:海外ライターの執筆/インターネット調査
調査対象:現地の声及び海外記事リサーチ
調査期間:2025年
スウェーデンやノルウェー、デンマーク、フィンランドなどの北欧諸国は、長年にわたり、ウェルビーイング(心身ともに健康で、満足や幸せを感じながら暮らせている状態のこと)の先進国として世界から注目されてきました。
ウェルビーイングの国別比較とも言える「世界幸福度ランキング」では、常に北欧諸国が上位を占めていることもよく知られています。
そんな北欧では、企業においても、従業員のウェルビーイングを中心に据えた労働環境の整備が重視されてきました。しかし、近年急速に普及したリモートワークの定着によって、従業員の健康管理やコミュニケーション面で新たな課題が表面化しています。
本記事では、リモートで働く人々が直面しやすい課題と、それに対して北欧企業が実践している具体的な取り組みについてご紹介します。
北欧諸国のリモートワーク事情
パンデミック以降、北欧諸国では、リモートワークや、在宅勤務とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッド勤務がいち早く定着しました。スウェーデンを例に見てみましょう。
EU統計局(Eurostat)の2023年のデータによると、スウェーデンにおいて「時々(sometimes)」または「大抵(usually)」在宅勤務をしている人の割合は全労働者の45.3%に達しており、これは、EU平均(22%)を大きく上回っています。また、スウェーデン統計局によると、2024年時点でスウェーデン国内の20〜64歳の労働者のうち約46%が、勤務時間の一部もしくは全てにおいて在宅勤務を行なっていました。
もともと、スウェーデンをはじめ北欧諸国の労働環境には、仕事の進め方や働き方の裁量が大きい「高い自律性」と、上司が細かく管理せずに成果に基づいて仕事を任せる「信頼に基づくマネジメント文化」が深く根付いており、決まった時間や場所で働くことに囚われない柔軟な働き方との相性が良いとされてきました。
2025年に発表された全米経済研究所(NBER)の研究では、北欧諸国では「対人信頼」や「制度への信頼」が他地域と比べて高く、管理されることなく自律的に働ける環境が整っているため、パンデミック以降も在宅勤務やハイブリッド勤務が持続的に機能していると述べられています。
リモートワークがもたらす課題
リモートワークなどの柔軟な働き方には多くのメリットがありますが、働く人のウェルビーイングにとって決して万能とは言えません。実際に以下のような「副作用」が問題視され始めています。
オンとオフの境界線の曖昧化と「終わらない仕事」
在宅勤務では、オフィス勤務とは異なり職場とプライベート空間の間に物理的な境界が存在しません。そのため、仕事とプライベートの切り替えが自然と崩れがちになります。実際に、「家にいるのに常に仕事モードから切り替えられない」、「仕事が終わったはずなのに、メールやチャット通知が入るとすぐ対応しなければと思って作業しまう」といった経験に身に覚えがある方も少なくないでしょう。この境界線の曖昧化は、単なる感覚や一部の体験談に留まりません。
スウェーデンのミッドスウェーデン大学の研究チームが行った、ヨーロッパ27ヶ国の約5万人を対象とした大規模な調査では、在宅勤務の時間が長くなるほど、家庭の問題が仕事の集中を妨げるなどの「家庭から仕事への干渉(life to work conflict)」が増加し、心理的ウェルビーイング、つまり心の健康が悪化する傾向があることが示されました。つまり、仕事と家庭生活が相互に干渉し合い、生産性や精神的安定に悪影響を及ぼすことが統計的に裏付けられているのです。
孤独感とメンタルヘルスの悪化
リモートワークをめぐっては「通勤にかかる時間がなくなる」、「自分のペースで仕事ができる」といったメリットがある一方で、「同僚との会話が減り、孤独を感じる」という声もよく聞かれます。
ノルウェーのスタヴァンゲル大学の研究チームが1,511人を対象にした調査では、在宅勤務をする頻度が高いほど孤独感が増加する傾向があることが明らかになりました。その孤独感は単なる寂しさではなく、抑うつ、不安、睡眠障害といったメンタルヘルス悪化のリスクと直接的に結びついています。
オランダのグローニンゲン大学医療センターを中心とする研究チームによる調査では、孤独感が強い人は、うつ病の発症リスクが最大14倍、不安障害の発症リスクが最大11倍に達することが示されており、職場での「繋がりの喪失」は心の健康にとって深刻な問題と言えるでしょう。
マネジメント難易度の上昇と心理的安全性の低下
リモートワークの定着に伴って従来型のマネジメント手法が必ずしも効果的に機能しなくなっています。これまでは、上司が部下の勤務時間や業務プロセスを細かく監督し、対面でのコミュニケーションを通じて進捗管理やフィードバックを行うスタイルが主流でした。職場での会話や雑談などを通じて、チームの結束や心理的安全性を育んでもいました。しかし、リモート環境下では、一般的に対面コミュニケーションが減少し、勤務状況や感情の変化を把握しづらくなります。
ノルウェー工科大学の研究チームは、ノルウェー国内の複数のソフトウェア開発チームを分析し、リモートワークが心理的安全性に与える影響をまとめました。その論文「リモート勤務で心理的安全性はどう変わるのか?(What happens to Psychological Safety When Going Remote?)」では、オフィスでの雑談など日常的なちょっとした対話がメンバー間の信頼や安心感を醸成するのに役立つ一方で、リモート環境下ではそうした交流の機会が大幅に減少するため、心理的安全性の維持が難しいことを示唆しています。
それでは一体、北欧企業ではどのようにこれらのリモートワークの負の側面に対処しつつ、従業員のウェルビーイングを守りながら、生産性と働きやすさを両立させているのでしょうか。
北欧企業の取り組み例
Spotify
スウェーデン発の音楽ストリーミングサービス企業のSpotifyは、2021年に「Work From Anywhere(WFA)」ポリシーを本格的に導入し、従業員が自宅やオフィス、さらには国境を越えたその他の場所からも働く場所を自由に選べるようにしました。
これはコロナの影響を受けて加速した制度ではありますが、導入への議論そのものはパンデミック前から進められており、従業員が自分の生産性を最大限に発揮できる場所と働き方を自ら選べる環境を提供することで、従業員のエンゲージメントとパフォーマンス向上を狙った人事戦略でした。WFAポリシーの根本にあるのは、社員を信頼し、勤務場所ではなく成果によって評価するという価値観です。
同社の人事責任者(当時)のカタリナ・バーグ氏は「私たちは大人を雇っているのだから、マイクロマネジメントは必要ありません」とし、働く場所はどこでも構わないとコメントしています。
この制度のもとでは、チームマネジメントの責任が各マネージャーに大きく委ねられています。
そのため、同社はWFAポリシーを導入する際、管理職に対してリモート環境に適応したマネジメントトレーニングを実施しました。これは、感情面でのケアやメンタルヘルスへの配慮といった「人間的なマネジメント力」が、これまで以上に求められるようになったことを反映しています。このトレーニングでは、「効果的な1on1ミーティングの進め方」、「ストレスの初期兆候に気付く方法」、「オープンな対話ができる心理的安全性の高い環境づくり」、「建設的なフィードバックの方法」などが学べるように設計されており、リモート環境下でも信頼に基づくチーム文化を育むことができるようなスキル開発を目的としています。
また、働く場所が分散することによる「つながりの喪失」を補うため、1年に一度、部門単位で社員が世界中にあるどこかのSpotifyオフィスに一堂に会する「コアウィーク(Core Week)」を導入しました。これは、同じ部門に属するメンバーが顔を合わせて、チームの戦略やコラボレーションについて意見を交わしたり、チームビルディング・アクティビティを行ったりするために設けられています。対面でのコミュニケーションを通じてより強固な信頼関係を構築し、チームの一体感や働きやすさの向上に繋がることが期待されています。
また、部門内だけに留まらず、社内チャットツールのSlackを活用した全社横断的なコミュニティや、社内フェスティバル「SpotiFEST」など、業務外でも様々な同僚とつながる機会も設計されています。
これは、企業として「出会いの場」を意図的に設けることで心理的安全性を保てるという考えに基づいています。
さらに、WFAポリシー導入後、SlackやZoomなどのツールを通じて常に連絡可能な状態が続く「常時接続(always-on)」文化が懸念されるようになりました。これを受けてSpotifyの人事部門では、メッセージ通知をオフにする時間帯の設定をしたり、従業員が中断されずに作業に集中するための「集中時間(Focus Time)」を確保したりすることを推奨し、またマネージャーに対しては勤務時間外のメッセージ送信を控えるよう呼びかけたりと、従業員の働きすぎを防ぐガイドラインを整備しました。
Danske Bank
デンマーク最大の金融グループであるDanske Bankは、パンデミックをきっかけにリモートワークを本格化させた企業の一つです。
2021年の社内調査で従業員の92%が「週に2日程度の在宅勤務を希望する」と回答したことを受けて、同社はハイブリッド勤務モデルを導入し、働き方の選択肢を制度として整えました。これにより、従業員それぞれが自分の生活スタイルや家族の状況に応じて働く時間や場所を主体的に設計することができるようになりました。制度上、上司との対話を通じて個別に勤務計画を立てる運用が徹底されており、従業員一人一人の自律性と責任がセットで尊重されています。
リモートワークの副作用とも言える孤独感の増加やオン・オフの境界が曖昧になることによるバーンアウトリスクなどの課題に対応するため、同社は2021年以降、ウェルビーイング支援の体制を再構築しています。
メンタル面のサポートとしては、従来の24時間対応の従業員相談窓口に加えて、社内イベント「メンタルヘルス週間(Mental Health Week)」などを通じて、従業員のメンタルヘルスへの意識向上にも取り組んでいます。また、イントラネットでは全従業員に向けてセルフケアやストレスマネジメントに関する資料がまとめられており、いつでもアクセスできる形で情報提供が行われています。
さらに、マネジメント難易度の上昇に対する対策として、マネージャー向けの学習プラットフォームに新しいモジュールが追加されました。このモジュールでは、管理職がリモート環境下でもチーム内の心理的安全性を確保できるよう、「安心して発言できる場づくり」や「適切なフィードバックの方法」などのスキルが体系的に学べる内容になっています。
おわりに
リモートワークは柔軟な働き方として注目される一方で、実際には多くの課題を抱えています。リモートワークの良さを本当の意味で機能させるには、一つ一つの課題にきちんと向き合い、仕組みとして支えることが欠かせません。
今回の北欧企業の例のように、従業員の自律性を尊重しながらも必要な支援やフォローを細やかに行っていくことが、リモートワークを持続可能な働き方として根付かせるカギとなるのではないでしょうか。
グローバル目線での「働き方」も参考に、本記事が、日本社会のウェルビーイングな「働き方」、そして北欧に負けない「幸福度の高い社会」への一歩に貢献できれば幸いです。
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