テレワーク・リモートワーク総合研究所

テレリモ総研

ハンバーガーメニュー

記事の調査概要

調査方法:海外ライターの執筆/インターネット調査

調査対象:現地の声及び海外記事リサーチ

調査期間:2025年

2024年、オランダはThe CEOWORLD magazineが選ぶ「リモートワークに最適な国」ランキングで世界1位に輝きました (※1)。

※1 出典 及び 画像引用元:Revealed: Best Countries for Remote Working, 2024

オランダのリモートワーク、その強さの理由は、高速インターネットのようなITインフラの充実だけが理由ではありません。背景には、従業員の権利と企業の利益のバランスを取る巧みな法制度、ワークライフバランスを重んじる文化、そして柔軟性を競争力に変える企業戦略という三位一体の土台があります。

本記事では、信頼できるデータと具体的な企業事例をもとにオランダの成功の本質を捉え、描くべき働き方のヒントを探ります。

データで見るオランダ:「ハイブリッドワーク先進国」としての実像

オランダにおける柔軟な働き方の浸透は、パンデミックで突然始まったものではありません。長年かけて醸成された社会基盤と文化が、必然的にもたらした「進化」です。まずは客観的なデータから、その実像を簡潔に見ていきます。

パンデミック以前から築かれた「リモートワーク先進国」の土台

オランダはパンデミック前から、EU内で在宅勤務率が高い国の一つでした。2019年の通常在宅はEU平均5.4%に対しオランダ14.1%(Eurostat) (※2)。この確かな素地が、移行期の混乱を最小化しました。

物理的な支えとなったのが世界最高水準のデジタルインフラです。国内世帯の約98%が高速インターネットにアクセスでき、場所を選ばない働き方の「OS」として機能してきました (※3)。こうした下地の上に、パートタイム就労の普及や育児・ケアの分担といった暮らしの前提が重なり、柔軟な働き方が“特別”ではなく“当たり前”として受け止められてきたのです。

※2 出典:How usual is it to work from? | homeofficial website of the European Union
※3 出典: What the World Can Learn from the Netherlands’ Remote Work Culture


ポストコロナの主流は「ハイブリッド」――完全リモートではない選択

オランダ統計局(CBS)によると、2023年時点の在宅勤務者は約510万人で高水準を維持しつつ、内訳は「常時」から「時々」へと明確にシフトしました。常時在宅は60万人超減り、時々在宅は70万人近く増加。平均在宅時間は週15時間で、丸2日分の勤務に相当します (※4)。完全在宅でも全面出社でもない、バランス重視の働き方が定着しています。

企業側もこの前提で、プロジェクトの節目を対面に寄せる、チームで曜日固定の「合う日」を設ける、深い思考や集中作業は在宅で担保する――といった“役割分担”を設計する流れが広がっています。

※4 出典: Over half of Dutch people work from home sometimes

EU他国との比較で見える独自性

Eurostat(2022年)では「通常」リモート12.7%に対し「時々」リモート39.2%が突出。通常リモートが高いフィンランド(23.1%)やアイルランド(25.3%)と対照的に、オランダは対面の価値を認めつつ、リモートの利点を戦略的に取り込む“ハイブリッド先進国”としての輪郭が際立ちます (※5)。

つまり、日数の多寡を競うのではなく、「何の活動を対面に置くか」「どの業務を非同期にするか」を決める設計力こそが、データに表れる差になっているのです。

(※5)【補足】Eurostatとは?
EU(欧州連合)の統計機関です。正式名称は「European Statistics Office」で、ヨーロッパの統計局という意味です。
主な役割としては、EU加盟国の経済、社会、環境などに関する統計データの収集・分析・公表や各国間で比較可能な統計基準の策定、EU政策立案のための基礎データ提供をしています。
本部はルクセンブルクにあり、各加盟国の国家統計機関と連携して作業しています。
※5 出典: Over half of Dutch people work from home sometimes

「対話」を促す法制度――柔軟性と安全性を両立する仕組み

オランダのハイブリッドワークは、柔軟性と権利保護を両立させる法制度に支えられています。すなわち、権利を絶対化するのではなく、対話と合意のプロセスに落とし込む発想です。

柔軟な働き方の土台「柔軟な働き方法(Wet flexibel werken)」

2016年施行の同法は、従業員に勤務時間や場所の変更を「要請する権利」を与え、雇用者は真摯に検討する義務を負います。拒否する場合は協議と合理的理由の提示が求められ、要請から1か月以内に理由付きで回答しない場合は原則承認とみなされます(※6)。

対象は一定規模(従業員10名超など)の事業所で、勤続要件(おおむね6か月)や申請の時期(変更の2か月前)がルールとして整えられています。トップダウンではなく、合意形成を通じて最適解を探る仕組みが、現場の納得感を高めています(※7)。

※6 出典: Working from home: your employees' rights
※7 出典:Netherlands: Be Careful in Handling Requests Covered by the Flexible Work Act


なぜ「リモートワークを権利化する法案」は否決されたのか?

2022年に下院を通過した「希望の場所で働く法」は、2023年に上院で僅差否決となりました。背景には、①現行法で労使対話が機能しており追加立法は不要、②越境勤務を認めた場合の税務・社会保障・労務管理の負担が大きい、という現実的な判断があります(※8)。

権利の上乗せより運用の磨き込みを優先する——オランダ社会のバランス感覚を物語る事例です。結果として「要請→対話→合意」という枠組みが、今もハイブリッド運用の中核に据えられています(※9)。

※8 出典: Employees get more rights to work from home - rejected
※9 出典:Dutch senate rejects ‘Work Where You Want’ Act

在宅勤務でも守られる権利と安全

在宅の場も「職場」と見なされ、労働安全衛生(リスク評価や人間工学の配慮、休憩・姿勢・照明・画面距離など)が適用されます。雇用者には適切な環境整備への責任が求められ、光熱費等を補う非課税の在宅勤務手当も広く活用されています。

さらにGDPR(General Data Protection Regulation:個人データの取得・利用・移転を厳格に規律し、本人の権利を保障)のもと、過度なモニタリングは制限され、プライバシーが守られます。法の網羅的な保護が、安心して柔軟に働ける前提をつくっています(※10)。

※10 出典:Working conditions law for working from home, Working from home: your employees' rights, Data protection in the EU

【ケーススタディ】オランダ企業のハイブリッド戦略:「信頼」と「構造」の多様な形

制度や文化は、企業の運用で初めて実効性を持ちます。ここでは対照的な2社のアプローチを取り上げ、共通原則と設計の違いを抽出します。

INGグループ:従業員の自律性を尊重する「信頼ベース」の柔軟性

オランダ発の国際的な金融グループであるING(※11)は「自宅かオフィスか——多くの場合、それはあなた次第」と明言し、裁量を広く委ねます。核にあるのは協調性と自律性を重んじる「オレンジ・カルチャー」。この方針は宣言に留まらず、ハイブリッド化に合わせてデータ分析に基づくオフィス再設計を進め、個人作業席を絞る一方で協働のための会議スペースを増やすなど、実利用に即した構成へと見直しています。

福利厚生も、2年に1度の匿名の健康チェックやオンラインの「Hello health」、全国ネットワークのフィットネス利用、ホームオフィスWebショップ(5年ごと総額1,600ユーロ)と在宅手当(月45ユーロ)、さらに年2日のCollective days offなどを整備。採用情報でも「在宅は集中、オフィスは協働・共創」という役割分担を明示しており、職種によっては週2日以上の出社を求めるなど、チームの実態に合わせた柔軟運用が取られています。

※11 出典:ING | Working at ING Take a look at our Orange Culture, How ING Designed Its Hybrid Work Strategy, ING | Benefits in the Netherlands Our benefits. Your choice.

Philips:グローバルで統一された「構造化」ハイブリッド

オランダ発のヘルステック大手であるPhilips(※12)は職務を「オンサイト/モバイル/ハイブリッド」に分類し、ハイブリッドには「平均して週3日はオフィス、最大2日は在宅」という明確なガイドラインを設けます。人間工学の専門家による在宅環境支援や、育児・介護・ボランティア休暇などの制度を組み合わせ、創造的コラボと集中作業の最適化を目指します。統一ルールと手厚い支援の両輪で、グローバルに質を担保しています。

配属時にロールを明示することで期待値のズレを防ぎ、評価は成果ベースで運用。チーム単位では、会議の目的と決定事項の明確化、録画・議事の共有といった非同期の徹底で、タイムゾーンを跨ぐ協業も破綻しにくい仕立てになっています。

※12 出典:Philips | Don't just create a strategy. Create a legacy., Philips | Defining the Future of Work at Philips: Our Journey to Hybrid, Philips | An impactful and rewarding career is waiting for you

日本のリモートワーク展望と今後への示唆

オランダの実例は、柔軟な働き方が福利厚生の延長ではなく、事業戦略と直結する「経営の仕組み」であることを示します。企業が取り入れる際の視点を三つに絞って整理します。

オランダモデルの本質:「信頼」をベースとした多様なアプローチ

共通するのは、従業員への信頼を前提に、合意プロセスと支援制度をセットで設計する点です。INGのように裁量を広く認めるモデルも、Philipsのように役割で枠組みを明確にするモデルも、目指すのは“ルールと裁量の釣り合い”です。

まず「出社の目的」を1文で明文化し(協業・育成・顧客接点など)、その目的に沿って会議体・MTG(チームデイ、レビュー会、1on1等)を配置する発想に切り替えが必要です。

日本企業が参考にできる「オランダ流」の3つの視点

第一に、全社一律ではなくチーム単位での合意形成です。固定出社日、応答の目安(勤務時間内のSLA(Service Level Agreement:応答時間や品質目標・責任分担を明文化した合意))、会議の非同期化、成果物の定義など、最低限の合意項目を明文化し、四半期ごとに見直します。

第二に、オフィスの戦略的再定義です。個人作業は在宅を基本に、オフィスは協働・育成・顧客接点のハブとして設計し直します。ゾーニングや会議室の用途見直し、来社価値を高めるイベント設計で、出社の“意味”を体験化します。

第三に、働き方の「質」を高める支援です。在宅手当や機器補助に加え、姿勢・照明・画面距離などのセルフチェック、マイク・カメラ等の標準仕様を整備します。安全衛生は“書類で終わらせない”方針で、セルフチェック+上長確認を定期的に回します。

柔軟な働き方は、企業の持続的成長の土台となる

柔軟な働き方は、採用・定着、意思決定の速さ、健康や学びの質にも直結します。INGの信頼ベースの裁量とオランダ国内のウェルビーイング施策(2年に1度の健康チェック、Hello health、在宅手当・ホームオフィス補助)、データに基づくオフィス再設計、そしてPhilipsのロール区分と明確なガイドラインは、そのための具体策です。

カギは、法の「要請→対話→合意」を日常の動きに落とし込むこと。たとえば、出社日は“決める日”と位置づけ、会議ルールで同期・非同期を線引きし、オフィスは決裁やレビューに集中させる。こうすれば迷いが減り、判断が速くなります。やることは3つだけ。

①出社の目的を一文で明確化
②勤務場所の要請フローを法に沿って標準化
③チーム合意メモ(曜日/SLA/非同期/成果物)で運用を固定化。

この3点を小さく回せば、自然に成果が出やすい働き方になります。

オランダが示すのは、自由を支える「設計」の力です。合意のプロセスと役割に応じた運用があれば、出社か在宅かの二者択一を超えた、成果の出るハイブリッドは着実に実践できます。

日本企業の中にもリモートフレンドリーな会社もありますので、すでに導入済の場合もあるかと思いますが、ぜひ1位に輝いた国の「働き方」や施策を参考にしてみてください。

【東京都在住】tknd

【東京都在住】tknd

データ分析家兼Webライター。アメリカ・シカゴの大学院に2年間留学・在住経験あり。現在はデータ分析の仕事に携わりつつ、都市の暮らしや働き方に関する記事を執筆。休日はSFやファンタジー小説を片手にカフェで読書を楽しんだり、近所の商店街や公園を歩いて散策したりするのが好きです。

おすすめの記事

左矢印
右矢印

テレワーク・リモートワーク・在宅勤務の実態調査

調査結果のレポートをメディア運営の会社様に限り、無料でご提供いたします。
ご利用にはいくつかの条件がございますので、詳しくはお問い合わせください。

new

テレワーク・リモートワーク・在宅勤務の実態調査 2024年4月版

株式会社LASSICが行ったテレワーク・リモートワーク・在宅勤務の2024年4月実体調査レポートです。コロナ禍にテレワークを導入していた企業がコロナ禍明けから一斉に、オフィス出社へと方針を転換しています。出社回帰の流れが強まる今、テレワークに対する意識はどのように変化しているのでしょうか。実際にテレワーク経験者の声を聞いて市場調査データをまとめました。

対象地域:日本全国
サンプル数:1001
調査実施期間:2023年4月26日〜4月30日

テレワーク・リモートワーク・在宅勤務の実態調査 2023年版

株式会社LASSICが行ったテレワーク・リモートワーク・在宅勤務の2023年実体調査レポートです。コロナ禍にテレワークを導入していた企業がコロナ禍明けから一斉に、オフィス出社へと方針を転換しています。出社回帰の流れが強まる今、テレワークに対する意識はどのように変化しているのでしょうか。実際にテレワーク経験者の声を聞いて市場調査データをまとめました。

対象地域:日本全国
サンプル数:1,044
調査実施期間:2023年11月10日〜11月13日

テレワーク・リモートワーク・在宅勤務の実態調査 2022年版

株式会社LASSICが行ったテレワーク・リモートワーク・在宅勤務の2022年実体調査レポートです。コロナ禍が長期化し、テレワークも一般化してきた中での課題点やコロナ終息後の働き方について調査を実施。コロナ終息後では、オフィスワークとテレワークどちらを希望する割合が多いのでしょうか? 実際にテレワークで働く人の声を聞いて市場調査データをまとめました。

対象地域:日本全国
サンプル数:1066
調査実施期間:2022年9月30日〜10月3日

お問い合わせ