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吉本興業で35年!竹中イサオの“泣く子も笑う”処世術-Vol.9
お笑いの総本山、吉本興業のプロデューサー生活13,000日、5,000人の吉本芸人と渡り合った竹中イサオの処世術コラム。社内外、業界内外からの悩みや疑問、提案に対してボケとツッコミでビシビシ返していきまっせ!
竹中 功(たけなか いさお)
1959年大阪市生まれ、吉本興業で約35年間タレント養成やイベント・映画製作を担当。数々の謝罪会見をこなした「謝罪マスター」でもある。
単行本「よい謝罪 仕事の危機を乗り切るための謝る技術」(1,400円+税)、日経BP社より好評発売中!
講義:三つの「禁句」にご用心!「普通」「誰でも」「みんな」
2015年まで吉本興業っていう会社に勤めていたときは「お笑い」を作ってました。
まぁ厳密に言うと「お笑い」を発信してくれる「芸人」を作っていたと言えますな。そしてその「芸人」が「笑い」と呼ばれる「芸」を生み出してくれるんですね。マネージャーやプロデューサーは裏でそのお手伝いをするものなんです。
実は「お笑い」が「受ける」メカニズムっていうのもが幾つかあるんですよね。
代表的なので言うと、ネタの題材が芸人とお客さんで共有できている時。共通の話題を持っている時。そういう時は「笑い」を生みやすいんですよね。
例えば若手の芸人さんの多い手法に、流行歌や童謡など、多くの人がその歌の歌詞やリズムを知っているというものを題材にしますな。そしてそれの歌詞を変えて替え歌にしてみたり、無理矢理にリズムや音程を外したりして笑いを生みますな。
これと同様なんが、テレビや映画の名場面を題材にします。前日見た人気ドラマのワンシーンをネタにすることも多いですわ。
もう20年近く前かな、映画「タイタニック」の名場面、ジャックとローズが船の先端で言葉を交わしたシーンは多くの芸人に形態模写されましたよね。国内で1700万人近くの動員があったと言われるぐらいの作品やから、先に書いたように「共通の話題」としては十分な認知力です。だから題材にしやすかったんですな。
ではボクも戸田奈津子さんに負けへんように翻訳してみましょか。みなさんもあのシーンを目に浮かべながら読んで下さい。
ジャック「手ぇ貸してみぃ。目をつむってこっちへ来てみぃや。手すりにつかまっときや。目ぇ開けて見たらアカンで」
ローズ「見てへんし」
ジャック「わしを信じてるか?」
ローズ「うるさいなぁ、信じてる言うてるやん。」
ジャック「・・・ほな、目を開けてみぃ。」
ローズ「うわっ、あたい、空、飛んでるやん、ジャック!」
(観客「んな、アホな!?」)
まぁ、ここではコラムという形態なんで、セリフを単に大阪弁で訳してみましたが、オモロイかどうかは別として、笑いは元にある共通の情報(記憶や思い出)を少しいじると言うメカニズムで「笑い」が誕生するというもんなんですな。
「おもんない!」と言う声も聞こえてきますが、ここは読みもんなもんで、堪忍してください。
ところでここで怖い話をしましょう!
その「共通の情報や話題」と思っているものが、実は「共通」ではなかったという事態が多く発生しているということです。
それが今回のテーマであるところの「三つの『禁句』使用にご用心!」と言うヤツです。
「三つの『禁句』」とは、「普通」「誰でも」「みんな」。
いま一度、「普通」「誰でも」「みんな」の意味を見直してみましょう。
吉本のある若手芸人が、とある県の知事さんのモノマネで一世を風靡しました。知事が記者会見をして、それがニュースで流れた翌日には同じシーンを再現していました。形態模写をしながら面白いことも言うもんですから、県民には大受け、知事からも喜ばれてました。
その芸人さん、たまたま隣の県から仕事の依頼が来まして、喜んで出掛けました。もちろんそこでも十八番の知事ネタを披露!ところがお客さんは全員「シーン」。衣装も知事風味で行ってるもんなんでネタの変更もままならず。冷や汗たらたら、表情は焦るちびまる子ちゃんの再現やったそうです。
皆さん、もうお分かりですね。その若手芸人は、「普通に知事のことは知っているやろう」「誰でも知事のキャラクターのことを好きやろう」「みんな知事のことは昨日のテレビのニュースで見たやろう」と思い込んでたのです。でも実際は、県を超えると、隣の知事のことなど詳しくは知らなかったんですね。
残念!
これがまず、私の言う禁句に気をつけて欲しい一例です。
「普通の夫婦が住みたい家?」「誰でもが夏休みに行きたいところはハワイ!」「みんな大好き○○のハンバーガー」。
これって、上手な広告にあるパターンじゃあ~りませんか!こういうのには引っかかってはならないのです。
さて「普通の夫婦が住みたい家?」と聞かれて、まず「普通の夫婦」を確定できるでしょうかね?
東京都渋谷区では2015年4月から「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を施行してますし、民間企業でも社内ルールを見直し、大手家電メーカーでも就業規則の結婚や配偶者の定義を変更し、社員の同性婚を認めたり、社内で始めた研修会をきっかけにLGBT(性的少数者の総称)を打ち明ける社員が出てきたリもしています。もう簡単に「普通の夫婦が住みたい家?」という問いには答えがないでしょ。
続いての「誰でもが夏休みに行きたいところはハワイ!」も、旅行社の広告のコピーよね。そもそも、誰にでも夏休みがあるとは限らないし、あったとしても行きたい先は、千差万別よね!
常夏のハワイもいいですけど、日本の夏にこそ、オーストラリアでスキーしたい人もいるし、漫画喫茶に立てこもり「こちら葛飾区亀有公園前派出所」200巻を読破したい人もいるし。子どもの夏休みの宿題を一緒にやって、頭を悩ます人もいてるし・・・。
この「千差万別」こそが多様化、深い意味でのダイバーシティですな。市場要求の多様化に応じて、企業や団体も、人種、性別、年齢、信仰などにとらわれず、多様な人材を生かして最大限の能力を発揮させようという考え方ですやん。
もう「みんなが大好き!」は言わずもがなですね。「みんなって誰と誰のことを言うとんねん!」と私は親父に叩き込まれたものです。「2、3人が言ってるだけで『みんな』言うな!」ってね。
周囲がどう言っているかではなく、自分がどう思うかで話をして欲しいと言いたいのです。そういう意味でもこの三つの言葉は相手へのコミュニケーションが不十分であることが多いといえるのです。
確かにそうですよね。都合よく使ってたんですよね、これらの言葉。
「普通」「誰でも」「みんな」の三つね。でもどれも、色んな人がいてる場では効力はないね。
だから吉本興業でも、若手芸人には注意して使うように指導したもんです。うちの鳥取のスタッフ研修でこんな話しをしたら、多くの人が共感してくれてましたわ。
それはきっといつも同じ人と話していると、違和感なく伝え合えることであっても、ひとたび私の様な「お笑い界」からのよそもんが入ってきたら言葉が通じないってこと。分かっているというのは内輪だけであって、初めての人や外の人には通用しない三単語なんよ。
「普通」「誰でも」「みんな」が通用しない相手がいることを忘れたらアカン。ここが肝やで。
一回きりの人生、ダイバーシティ社会の中では「一人称」でモノを言おうや!