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常に変わり続け、絶対に止まることはない。それが、LASSICの強さ。

常に変わり続け、絶対に止まることはない。それが、LASSICの強さ。

【役員インタビュー】Vol.1 取締役 原田 文恵

プロフィール

取締役 原田 文恵(はらだ ふみえ)

1975年 大阪府生まれ、京都府八幡市出身。大阪の大学へ進学、経営情報学部で学ぶ。
ITコンサルタントを目指し、システムコンサルティングを得意とするソフトウェア開発会社へ入社。4年間の東京勤務を経て、大阪、その後名古屋へ。夫であるLASSIC副社長 西尾とともに西尾の地元である鳥取へ移住し、LASSIC創業。
以降、経営者、営業、エンジニア、プロジェクトマネージャー、ITコーディネーターとして奔走する日々。
8歳と4歳の二児の母でもある。

[聞き手:広報担当 櫻井]

-担当領域を教えてください。

前期までの数年はシステムインテグレーション部を見ていましたが、今期(今年5月)から、バックオフィス部門である支援部の責任者になりました。これからどんどん大きくなって行く会社にとって、頼れるバックオフィスにしていきたいですし、IT経営ももっと取り入れていきたいと思っています。

また、チームとしては、支援部内の育成チームを担当しています。IT技術者が多い会社なので、技術者に合った育成プランをもっと体系だったものに確立して、技術者としてきちんとキャリアアップしていける会社にしたいと思っています。

LASSIC(ラシック)はずっとアグレッシブな目標を設定し続けて、社員が増え業務バリエーションも増えて来ているので、社員の成長もしっかりサポートしないと、社員がついていけなくなってしまいますから。

 

3 人の役員の中で、役割分担はあるのですか?

特に明確に決めているわけではないですが、(社長の)若山も(副社長の)西尾も、“攻め”の姿勢でビジネスを大きくして行くのが得意なので、私は“守り”を考えるべきかなと考えて動いています。

 

-リスクを考えるような役割ですか?

んん~、そこも私がやらなくても問題ないので、「見守る」感じですかね(笑)。突き進んで行く二人に、周りがついて行けるように、見守る。先ほど言った、社員の育成をサポートすることも、そのひとつですね。

 

原田文恵

 

-ひょっとして社員でも知らない人が少しはいるのではと思っているんですが、副社長の西尾さんとご夫婦なんですよね?

え、知らない人いるのかな?たぶん入社時に伝えているとは思いますけど、はい、そうです(笑)。

前職の会社の同期でした。グループ内の別会社だったので、一緒に仕事したことはないんですが。

 

-同じ職場で共働きすることについては、後ほど伺いたいと思います。10 年前の創業社長は原田さんだったと聞きました。もともと事業をやりたい、起業したいなどの想いがあったのですか?

いえいえ、起業したいなんて、一度も思ったことなかったです(笑)。

結婚する前から西尾に、いつか「鳥取に帰ること」と「起業すること」は聞いていて、「うん、いいよ。」という感じでした。夫が起業するなら、私は堅実に働かなきゃ!と思っていました。

でも、いざ鳥取に帰るというタイミングで、西尾が前職を続けることになって会社を設立できる状況ではなくなってしまい、一方で、私はもう仕事を辞めていたので、「代わりに会社作っといて!」「えーーー!?」という(笑)。仕方なく会社作りを始めたんですが、何ヶ月かして西尾に引き継いだら、別の仕事を探すつもりでした。

初めて移り住んだとき、鳥取は冬で、空が低くて暗くて、とんでもなく寒くて・・・。西尾の実家に一人取り残され、人も知らない、土地も知らない、何もわからない(笑)。

さらに、すぐに社長を引き継ぐはずだった西尾のジョインが少し先になり、今度は「それまで売上作っといて!」「えーーー!?」と(笑)。

そんな流れで、結局、半年ほどは自分にできることを探して営業して回るという日々でした。何もかも想定外でした。

 

-完全に巻き込まれた感じですね(笑)。自分にできることを探した、営業した、ということですが、起業以前の仕事、会社員時代のことを教えてください。

ITコンサルタントを目指してソフトウェア会社で働いていました。東京で4年、大阪で3年、名古屋で半年勤務しました。

まずは技術を身に付けたいと思っていたのですが、配属された情報システム部門がまさに打って付けで。新しい技術を取り入れて自社で適用して、運用しながら研究して、社内に展開し、社外への販売につなげるという役割でした。新しい技術を販売するための営業サポートや、お客さま向けの講師、自分で作った技術教育プログラムを売り歩いたこともあります。

新しい技術を業界的にも早い段階で実践的に身につけることができましたし、業務の幅もかなり広くて充実していました。

また、大規模なJAVAの開発プロジェクトに入ったこともありました。その当時はJAVAが分かる人が少なく、多少分かるというメンバーが集められたのですが、皆20代後半の同年代ばかりで。その若手が知恵を出し合ってみんなで頑張って、まさに『チーム力』で成功したプロジェクトでした。今までの仕事とは大きく異なった仕事でしたので、学んだことも多かったですね。

仕事が大好きで、疲れてヘロヘロにはなっても、きついと思ったことはなかったです。

 

IT コンサルタントを目指すようになった経緯を教えてください。

大学を選ぶ時に将来を考えたんですが、自分は主婦をやりたいと思ったんです。主婦をやりながらでもできる仕事、たとえば家でもできたり、産休後も復帰できるような仕事ってなんだろうと思った時に、手に職をつけたいな、と。それで、実は古典文学とかにも興味があったんですが、興味があっても“手に職”が実現できなさそうな学部はやめて、最終的に経営情報学部を選びました。

この経営情報学部の授業で、プログラミングの基礎を学ぶことができたことも良かったんですが、ITコンサルタントを目指したきっかけは「システム監査論」という授業でした。「SEITコンサルタントという職種は、システムやパソコンがわからない経営者と、システムやパソコンをつなぐ役目をする人だ」というような話があって。「あ、そういうことをやりたいな」と思ったんです。

 

-どんな子どもでしたか?

小さい頃はただただ元気で、ずーっと外で遊んでるような子どもでした。友達も男の子しかいなくて、男の子より腕白なくらいでした。

何でも一番になりたくて、負けず嫌いで、目立ちたがり。小中と、学校やクラスの役員などはよくやってましたね。

三人姉妹の末っ子で、小さい頃からすべて姉二人が決めてくれて、私はYesNoを言っていればよかったので、学校でも、“リーダーとして先頭に立ってみんなを引っ張っていく”という役ではなくて、そういう人がいると楽しくついて行って頑張れるタイプでした。

小学校時代かなり目立っていたので、中学にあがる時に親から、「人も増えるし、何でも自分が自分がと手を上げるのではなく、協調性を持ちなさい」というようなことを言われたんです。それで、目立ってはダメなんだと思って、中学時代はかなり自分を抑えた3年を送ったんですね。それが自分としてはすごく辛かった。

だから、高校からは、やはり自分らしく行こう、と。そう決めた高校生活は友達にも恵まれて本当に楽しくて。

それからは、ずっと自分らしく生きて来たので、「らしく」という言葉が好きで。社名の由来にもなりました。

 

-子どもの頃と今とで、違うところはどこだと思いますか?

まず、「嘘が大嫌い」というところですね。嘘がつけないです。

子どもの頃はものすごく要領がよくて、要領よくやるために嘘ばかりついていたんです。それで本当によく親に叱られて。「嘘だけはやめなさい」と。親は私に嘘をつかなくさせるのにかなり苦労したと思いますが、今は、親と全く同じことを自分の子どもたちに言っています。

それと、今はもう「目立ちたがり屋」ではないですね。

「負けず嫌い」は変わってません(笑)。

 

原田文恵

 

LASSIC を創業してまもなく10 年。簡単にまとめるのは難しいとは思いますが、これまでを振り返ってどうですか?

起業してから数年は、ただひたすら、がむしゃらでした。辛い時期もありましたが、面接に来てくださる方が良い方ばかりで、「あぁ、こういう人と仕事するなら頑張らなきゃな。」と、背中を押してもらっていた気がします。

2009年に若山さんがジョインしてからは、メンタルヘルスケア事業の話が出てきたり、自分たちの中になかったものが入って来た感じで、すごくいいなぁと思いました。メンタルヘルスケア事業は私自身、非常に共感した事業だったので力を入れましたし、自分でもこの事業で活用した森林セラピー®(注1)に興味を持って、個人向けのガイド資格(注2)を取ったりして良い機会になりました。

また、2012年秋にスタートした「LASSICアカデミー」では、IT業界未経験の人を採用して研修し戦力化する取り組みでしたが、これによって、それまで1年で10人前後だった入社人数が、一気に30人、40人、50人と、社員が急激に増えていくこととなりました。ここからはもう怒涛の日々でしたね。「もっと管理者として機能できるようにならなければ」と強く実感した時期でした。

 

-その間、LASSIC という会社はどのように変わってきたと思いますか?

LASSICという会社は、常に変わり続けているので、どの時期においても、こういう会社、とは言えないんです。LASSICは、絶対に止まることはない、そういう強さがあると思います。だから、どこかで大成するはずだと私は思っています。

 

-今後、どのような会社にして行きたいですか?

今、「50の地域に、1,000人の仲間を」を目指してやっていますが、それを達成する頃には、メンバーがしっかり自立して仕事を楽しめている状態にしていたいですね。まだまだ若い社員が多いので、若いから出来ることや、知らないから出来ることもありますが、もっと力を引き出して行きたいです。

 

-引退について考えたりしますか?

もうずっと考えてます(笑)。引き継いでくれる人を育てないといけないんですけどね(笑)。

とは言え、私じゃなければダメなことなんてそんなにないと思っていて。ただ、自分がまだLASSICでやりたいことがあるので、それができるまでは続けたいなと思っています。

 

-夫婦で同じ職場ってどうですか?

ものすごく嫌です(笑)。最初から今に至るまでずーっと嫌です。仕事とプライベートでキャラクターが全然違うので、働いているところを家の人に見られたくないんですよね。

西尾も働いている時と家にいる時とでは違いますし、仕事だから頑張ってるという感じとか、全く見たくないし見られたくない。職場の席が同じ部屋だった時は、ほとんど口も聞きませんでした(笑)。

家に帰っても仕事が家に入って来てしまうので、家でも口を聞かなかったりします。だから嫌です。

LASSICでも、夫婦で働いている方が何人かいますけど、すごいなぁと思います。

面接する時に「大丈夫ですか?」と聞くんですが、みなさん、「大丈夫です」って言うんですよね。私が特殊みたいです。

 

OFF の時間は、どのように過ごしているんですか?息抜きや取り組んでいることなど、教えてください。

息抜きは、家で一人になるのが好きですね。一人になってドラマを見たり漫画を読んだり。子供の寝顔を見ながら韓国ドラマを見るのが最近の至福の時間です。韓国人の俳優さんがかっこよくて!

それと、最近、ガイド仲間に誘ってもらって学生の頃やっていたクラリネットを始めたんです。週1回、何とか時間を確保して数名のアンサンブルで練習しています。

あとは、今、月に1~2回、鳥取県の智頭町で個人向けの森林セラピーのガイドをやっているんですが、次は企業研修向けのガイドの資格を取りたいと思っています。来年6月が次の試験なので、そこで合格したいですね。

 

-最後に、LASSIC にどんな人に応募してほしいと思いますか?

LASSICに共感してくれる人、働くことが好きな人に来ていただけたら嬉しいです。ワークライフバランスとか言いますけれど、「ワーク=ライフ」なんて人が個人的には好きです(笑)。働くことがしっかりと基盤にあって、自分がこう働きたいと思って働く人でないと、LASSICの変化について行けないんじゃないかなという気がしているので。

あとは、私みたいにストレス耐性が強い人かな(笑)。

 

-ありがとうございました。

(このインタビューは2016年8月に行われました。)

 

智頭町の森で森のガイドをする原田

智頭町の美しい森で、森のガイドをする。

 

1:森林セラピー®

森林セラピー®とは、医学的な証拠に裏付けされた森林浴効果のこと。森を楽しみながらこころと身体の健康維持・増進、病気の予防を行うことを目指す。
・森林セラピーソサエティ http://www.fo-society.jp/therapy/index.html

2:個人向けのガイド=智頭町森のガイド

森林セラピーソサエティから森林セラピーを楽しめる「森林セラピー基地」に認定されている鳥取県智頭町の森林セラピー基地の案内人。森の中に身を置き、森を楽しみながら、森の中で歩行や運動、リラクゼーション、ライフスタイル指導などを実施することでその効果を高める役割。
・智頭町森林セラピー http://cms.sanin.jp/p/chizu/sanson_saisei/therapy/about/


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